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映画保存とは

あなたがこれまで観たなかでいちばん古い映画は何ですか。その映画を、そのときの感動を憶えていますか。映画は不思議な芸術です。自分が生まれるずっと前の、それも遠い世界の映画なのに、たちまち私たちを包みこみ、深い感動を刻んで、ときには生き方さえ左右します。それにしても、なぜ、私たちはそんな古い映画を観ることができるのでしょうか。

それは「フィルムが残っているから」。「残っている」といっても、フィルムがひとりでに残っているわけではありません。ひとつのフィルムが残っている背景には、表には見えない、長年に渡る「残す」ための努力があります。美術や建築と同様に、映画を歴史文化遺産として未来へと受け継いでゆくためには、フィルムを襲う劣化や消失といった災禍を防ぐための数多くの持続的な取り組みが欠かせません。「映画保存」とは、その取り組み全体を意味するといってよいでしょう。

ここでは、映画フィルムの化学的性質から、その保存方法、映画保存活動の現状などをご紹介します。

1.「ナイトレートは待ってくれない」

映画保存とは、ここではとくに「映画フィルム」の保存を指します。


映画フィルムとは、プラスチック素材のベース面(支持体)にゼラチン質の乳剤をコーティングした物質です。1950年代まで35mm(劇場用)フィルムのベース面には「ナイトレート」という可燃性素材が使用されていました。ナイトレートフィルムは耐久性とスクリーン上での黒の再現力にもっとも優れているといわれますが、残念ながら現在日本で上映されることは滅多にありません。

フィルムは映写機にかければスリ傷やパーフォレーション壊れ、油や埃の付着など、必ずといってよいほど何らかのダメージを受けるものです。しかし映写をせずに缶に閉じ込めておけば安心というわけではなく、とりわけ気温と湿度が高いところでは、手を触れずとも化学的に劣化していきます。

まずはミラーリングといって、表面に染みのようなテカりがあらわれます。そして全体が茶系に変色するとともにフィルムが縮んで、不規則に反ったり波打ったりします。次に乳剤面が溶けだし、蜂蜜状の抽出物がロール表面に固まります。一巻きが石のようになると、さらにはボロボロとくずれて粉末状に…… こうした劣化の進行に伴って発火点が下がり、危険度は増していきます。ナイトレート火災は世界各地の映画館、現像所、フィルム倉庫などで記録され、貴重なフィルムが数多く焼失しました。

そこで登場するのが、燃えにくい素材「アセテート」をベースに使用したセイフティ・フィルムです。「NITRATE WON’T WAIT(ナイトレートは待ってくれない)」を合言葉に、生き残った可燃性フィルムを不燃性フィルムに焼き直すこと(不燃化)が、しばらくの間は「映画保存」と同義となりました。ところが……

2. ビネガーシンドローム

初期の不燃化作業には問題点もありました。まず、ナイトレートに施されている「染色」に代表されるカラー、オリジナルの形状、サウンドの有無が蔑ろにされたこと。不燃化の後にオリジナルであるナイトレートが必ずしも適切に保管されたわけではないこと。技術が未熟であったため、可燃性の劣化がそのまま不燃性プリントに焼き込まれてしまったこと。さらには、作品ごとに復元工程が十分に記録されなかったことなどがあげられます。

しかし問題はそれだけではありません。アセテート系ベースはナイトレートより激しいスピードで劣化することが判明したのです。この劣化は強烈な酢酸臭を放つことから「ビネガーシンドローム」と呼ばれています(命名者は英国のハロルド・ブラウン)。適切な環境で保管すれば劣化を遅らせることは可能ですが、完全に止めることはできません。いちど酸っぱくなったフィルムは二度と元には戻らないのです。

カラー・フィルムの褪色も深刻な問題です。70〜80年代の比較的新しい作品でも、保存方法を誤ると、すっかりピンク色に褪せてしまうことがあります。90年代以降、ベースは強靭な「ポリエステル」へと移行しました。ポリエステルの劣化に関しては未だよくわかっていないようですが、表面にひび割れが起こるという噂もあるようです。

3.低温度・低湿度

フィルム保存に適したマクロ環境の条件は「低温度・低湿度(COLD & DRY)」につきます。

理想値は室温4〜10度、相対湿度20〜40%といわれ、この数値を常に一定に保つことも重要です。温度と湿度をコントロールできる倉庫に保管した上で、定期的にインスペクションを行うのが基本作業ですが、加えてフィルム缶やコアの選択、フィルムの巻き方(トップとエンド、乳剤面とベース面のイン/アウト)、乾燥剤や缶の素材の選択など、ミクロ環境への配慮も欠かせません。また、最新の防災設備も必要となります。

4. フィルムアーキビスト

このように保全に手間のかかるフィルムを守ってくれるのが、各国のフィルムアーカイブ、そして専門的な知識と技術を持ったフィルムアーキビスト(英国では「キーパー」)と呼ばれる人々です。

国際フィルムアーカイブ連盟(FIAF)が定める保存哲学を指針として、映画は各国のフィルムアーカイブにて保存、復元、上映され、また国境を越えて、各フィルムアーカイブ間にも協力関係が築かれています(詳しくはFIAFの倫理規定 Code of Ethics を参照のこと)。日本からは国立近代美術館フィルムセンター(NATIONAL FILM CENTER)と福岡市総合図書館(FUKUOKA FILM ARCHIVE)がFIAFに加盟しています。

国を代表する規模のフィルムアーカイブは国産劇映画やドキュメンタリー、ニュース映画などを包括的に収集しますが、他にも各種財団、大学図書館、地方自治体、またはテレビ局等がそれぞれのテーマや目的に添ってフィルムアーカイブを運営している例も多くあります。所蔵作品に関する情報はデータベース化され、最近ではネット上で一般公開されることも珍しくありません。欧米では小規模ながら地域のフィルムアーカイブが中心となってホームムービーなど小型映画を積極的に保存しています。

FIAFは非営利のフィルムアーカイブのみを対象とした組織ですが、FIAF加盟フィルムアーカイブのスタッフはもちろんのこと、 FIAFに加盟していないフィルムアーカイブのスタッフや、映画保存に何らかの関わりを持つ営利団体(映画会社、現像所、メーカー、倉庫会社など)、または大学の研究者、学生などが個人レベルで自由に参加し、より細分化された分野において情報交換をする場として、映像アーキビスト協会(AMIA)があり、毎年秋に北米で開催されるAMIAの年次会議には600名を越えるフィルムアーキビストが一堂に会します。そのほかフィルムアーカイブのグループとしては英国内の12のフィルムアーカイブによるフィルム・アーカイブ・フォーラム(FAF)、東南アジアとオセアニアのSEAPAVAA等があげられます。

各フィルムアーカイブにおいて、とりわけ貴重な作品は特別な予算を組んで復元され、上映する際に、その作品が初めて公開された当時に限りなく近い状態まで蘇らせることが原則とされています。もちろん不燃化を終えた可燃性フィルムも大切に保存されます。しかし莫大な予算をかけてフィルムを保存することに対する誤解や、時には批判もないわけではありません。

また、復元作業の中で部分的にデジタル技術を使用することはもちろん、デジタル・アーカイビングの動きも各方面で始動しています。銀粒子との決定的なルックの違いや、その進化の激しいスピードも一因となって、デジタル技術は最終保存媒体としての条件を満たしているとはいえないものの、新しい技術を前に、映画保存が大きな転機を迎えていることは間違いありません。

5. フィルムアーキビストの養成

フィルムアーカイブについて学ぶことのできる教育機関となると、それほど多くはありませんが、小会が把握する限りではイタリア、フランス、オランダ、アメリカ、イギリス、オーストラリアに存在します。アメリカではニューヨーク大学、ロチェスター大学、UCLA、英国ではイースト・アングリア大学において映画保存の修士号が取得できます。

フィルムアーカイブ機関で実際に実習をおこなう一年コースとしてはアメリカのジョージ・イーストマン・ハウスにL. ジェフリー・セルズニック映画保存学校があります。2004-2005年からはロチェスター大学とのジョイント・プログラム(修士課程)も誕生しました。映画保存を学ぶ学生を対象とした奨学金制度も充実しており、毎年多くの卒業生がフィルムアーキビストとして巣立っています。

短期ではありますがARCHIMEDIA、FIAFサマースクールなども実績を残していますし、オーストラリアのチャールズスタート大学には、遠隔教育で視聴覚アーカイブの教育が受けられるコースもあります(Graduate Certificate in Audiovisual Archiving)。AMIAやSEAPAVAAといった映画保存関連団体や各フィルムアーカイブ機関が、初心者向けのトレーニングやシンポジウムを開催することもあります。

6. フィルム・コレクター

日本における戦前の映画の残存率は極めて低く、無声映画にいたっては、その90%が失われたというのが定説です。しかし、数値として把握できるのは映画会社やフィルムアーカイブに正式に所蔵されているフィルムに過ぎません。失われたと思われていたフィルムが発見される可能性も少なからずあります。例えばロシアのゴスフィルモフォンドやアメリカの議会図書館から国立近代美術館フィルムセンターへと返還されたフィルムの中には、旧満州や占領下の日本で接収された、国内に存在しない貴重な劇映画が多く含まれていました。

【日本映画の残存率】
劇映画 1910-2005年 15.9%
戦前の劇映画 1910年代 0.1% 1920年代 3.5% 1930年代 9.9%
(とちぎあきら. 途方に暮れつつ、集めつづける. インテリジェンス:10. 20世紀メディア研究所, 2008.より)

国内でも幻のフィルムが見つかる可能性は残されています。映画を劇場で観るに飽き足らず、フィルムを蒐集して自宅で楽しむフィルム・コレクターが1920年代にはすでに存在していました。フィルムセンターが復元して話題となった、伊藤大輔監督の『斬人斬馬剣』(1929)や小津安二郎監督の『和製喧嘩友達』(1929)は、家庭向け映写機「パテベビー」用9.5mm短縮版というフォーマットでコレクターが所有していたものです。

同じく家庭用に販売されていた「玩具(おもちゃ)フィルム」と呼ばれるナイトレート35mm断片でのみ残存する作品もあります。2004年に小会が発掘した山中貞雄監督の『丹下左膳餘話・百萬兩の壺』(1935)のちゃんばら場面は、現存する約90分のプリントからは欠落している箇所が、わずか1分弱の玩具フィルムに偶然含まれていました。

こうしたフィルムは、家庭の押入れや物置、現像所の片隅に偶然残されていることもあるでしょうし、フィルム・コレクターの遺族からフィルムアーカイブに寄贈されることもあれば、ネット上のオークションに突如登場することもあるかもしれません。今後も家庭に眠っているフィルムやコレクターの元で守られているフィルム、つまりフィルムアーカイブ以外の場所に存在するフィルムは注目に値するでしょう。

一方で、せっかく生き残ったフィルムがその価値を理解されないまま、あっさり廃棄されてしまう可能性や、保存方法を誤ったばかりに短命に終わってしまうことも十分考えられます。そのような過ちを事前に防ぐためにも、映画保存の大切さを広く訴える必要があります。

7. 孤児フィルムたち

保存対象としては、映画史的に貴重な劇映画やドキュメンタリー、ニュース映画だけでなく、著作権者不明の、いわゆる「オーファン(孤児)フィルム」、アマチュア・フッテージ、小型映画なども大切な映像遺産にあてはまるでしょう。内容を問わずフィルムという素材自体が貴重であることも理由の一つですが、それだけではありません。例えば一見何の価値もないように思われるホームムービーの中に、私たちは思いがけない宝物を発見することがあります。余計な演出や編集が加えられていないだけに、今よりゆっくりと時間が流れる時代の空気や、いつの間にか失っていた美しい風景、取り壊された貴重な建築物、廃線になった市電、懐かしいファッションやレトロなインテリアなどに彩られた暮らしがリアルに切り取られているからです。そして、ビデオやデジタル映像には変換しきれない不思議な力が、確かにフィルムにはひそんでいます。

私たちが発掘・保存し、将来に残したいと願うのは、映写機の光を通さないかぎり蘇ることのない、フィルムに閉じ込められたこの不思議な魔法と、そんな魔法に魅せられてきた私たち自身の歴史なのかも知れません。

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